大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 昭和33年(行)19号 判決

原告 黒土隆次

被告 福岡県公安委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主たる請求として「被告が昭和三十三年八月二十五日原告に対してなした運転免許取消処分の無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、予備的請求として「被告が昭和三十三年八月二十五日原告に対してなした運転免許取消処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

一、原告は昭和十年七月十九日出生し、当年二十三才に達するものであるが、昭和二十七年三月二十二日自動三輪第二種免許を、次いで昭和二十九年五月十七日大型第二種免許を受け、昭和三十三年三月十日附第八一八五一号運転免許証を所持していたところ、被告は同年八月二十五日原告の運転免許を取消す旨の行政処分をなし、該処分は同年九月七日原告に通告された。

二、しかして、被告の原告に対する運転免許取消の理由は、原告が昭和三十二年十二月二十二日午前零時頃から同日午前二時頃までの間において昭和二十八年十一月二十日総理府令第七十五号「運転免許等の取消、停止又は必要な処分を行う場合における基準等を定める総理府令」(以下単に「総理府令」と称する)第四条第九号にいわゆる「自動車等の運転技能を用いて、著しく交通の安全に害があると認められる犯罪を犯したとき」に該当する行為をなしたというにある。

三、ところで右処分の原因となつた事実関係は、

原告は昭和三十年九月から飯塚タクシー株式会社に運転手として雇われ、同会社の新飯塚駅構内営業所に勤務していたところ、原告とは飯塚市鯰田小学校三年から同市第二中学校卒業まで同窓生でありかねて親しくしていた訴外角田富士子(当時二十二才)がその友人吉田加代子と共に、昭和三十二年十二月二十二日午前零時頃右営業所に原告を尋ね、自動車で同市鯰田一坑の自宅まで送つて貰いたいと頼んだ。当時原告は仕事を終えて収支の計算をしていたが、直ちに自動車を運転して右両名を同市鯰田まで送り吉田加代子方附近で先ず加代子を降ろし、次いて角田富士子方に向け進行中、右富士子に対し飯塚に引返しコーヒーを飲もうと誘つたところ、同女はこれを承諾した。そこで原告は車を走らせて新飯塚に赴き駅附近の喫茶店を探したがいずれも深夜営業をしていないので、やむなく右富士子を自宅に送り届けようとして引返し、同市立岩飯塚市営グラウンドまで来たところ、富士子が新飯塚の旅館に泊ると云い出した。そのため原告は更に車を運転して再度新飯塚駅附近に赴き日の出屋旅館前で右富士子を降ろし、同所で同女と別れた。

それだけのことである。

その間原告は角田富士子、吉田加代子の両名を送つて同市鯰田一坑附近に赴き右加代子を降車させた際、同人からタクシー料金二百円を受取つたが、その後のことは既に仕事も終つていたことであり、原告の業務とは何等関係がない。たまたま原告が前記飯塚タクシーの自動車を運転していたので、これを機会に角田富士子と車を利用していわゆる桃色遊戯をしようとしたに過ぎないのである。

四、従つて、このようなことは原告の雇主に対する関係においては不都合なことであろうけれども、何等刑事上の犯罪を構成するものでもなく、また道路交通取締諸法令に違反するものでもない。殊に新飯塚から鯰田に通ずる道路は深夜でもあり人車の通行も少く、ために道路の交通に危険を生ずるようなことはなかつたのである。

そこで、原告の右所為は決して被告の主張するように総理府令第四条第九号に該当するものではない。ちなみに、右事件を取扱つた福岡地方検察庁飯塚支部も昭和三十三年一月三十日原告の所為は罪とならずとして不起訴処分に付している。

また仮に原告の所為が被告主張の条項に該当するとしても、本件原告は過去において刑事処分を受けたこともなく、極く真面目な青年であり、将来とも自動車運転手として生計を維持することを念願していたものであるから、これに対してなされた被告の免許取消処分は過重苛酷に失し、同種事案の処分に比し誠に不公平である。

五、更に、被告は従来から本件のごとき場合刑事裁判が継続中においても運転免許の取消もしくは停止等の行政処分をなしている事実があるが、これは刑事被告事件において起訴されたとしても有罪の判決が確定しない限り被告人の無罪を推定してその人権を擁護しようとしている日本国憲法の精神に反している。本件においても同様、原告は有罪判決は勿論刑事訴追すら受けていないにもかかわらず、被告は一方的に原告の所為を犯罪であると認定して前記処分をなしているのである。

六、従つて被告の本件処分は以上の点において違法であり、その瑕疵は明白且つ重大なものであるから当然無効というべく、また仮にしからずとしても取消さるべきものである。

よつて原告は、第一次的に本件運転免許取消処分の無効確認を、第二次的にその取消を求めるものである。と述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として、

一、原告の請求原因一及び二の事実は認める。

二、被告において本件処分の理由として認定した事実関係は次のとおりである。

原告は昭和三十二年九月頃から前記飯塚タクシー株式会社の新飯塚駅前構内営業所に勤務し、自動車の運転業務に従事していたところ、昭和三十二年十二月二十二日午前零時五分頃右営業所構内において受持の中型乗用自動車を洗車中、かねて原告の意中の婦女というべき飯塚市鯰田一坑の吉田加代子(当時十八才)が、その友人であり且つ原告とは飯塚市第二中学校第二学年までの同級生であつた角田富士子(当時二十二才)を同伴して右自動車に近寄り、鯰田の自宅に帰るため送つてくれと依頼したので、原告は該自動車に両名を乗せて運転し、鯰田警部補派出所附近まで赴き同所で吉田加代子を降したが、その際乗車料二百四十円を受領した。次いで自動車を転回して二百米位引返し、鯰田新町十字路から東方五十米位小路に入つた箇所で富士子を降したが、同人が後部座席に置き忘れた手提を取るため、再び後部座席に乗つたところ、かねて慾情を催していた原告は運転台から後部座席に身体を乗り入れ座席の扉を閉めて、突然富士子に接吻し、同女が原告を押し離して抵抗し降してくれと頼んでいるのに、原告はこれに応ぜず、富士子に降車の機会を与えないで発車して飯塚市方面に引返し、その運転中一方的に肉体関係の承諾を求めたが、拒否されるまま前記営業所前に至り、喫茶店で共にお茶を飲もうと誘つたが断られ、再び鯰田の方向に向つて運転した。途中飯塚市立岩の市営グラウンドの方に這入りこみ、方向が違うと不審に尋ねる富士子の問に答えず、遂に深夜人影もない右グラウンド内に車を乗入れて停車し、後部座席に乗り移つて自動車内部より施錠の上、富士子の行動の自由を奪つて不法に監禁し、富士子の肩に手をかけて接吻しながら後方に押し倒して乗りかかり、オーバーを脱がせようとしたところ、更に抵抗されるや俺に恥をかかせるな乗りかかつた舟だやめられるかと云いながら、ズロースを引下げで陰部に手を当てるに至つた。そこで富士子が危険を脱するため旅館に行く旨申出たので、これを一応、中止して発車し、次で飯塚市新飯塚日の出町の日の出旅館に至り、部屋の申込みをなしたが空部屋がないと断られたので、再び富士子に乗車を促したが、同人が断つたところ、原告は立腹して富士子の左頬を一回殴打したものである。

右事実について、検察当局は被害者角田富士子の告訴により原告を不法監禁、強姦未遂及び暴行被疑事件として逮捕の上取調べたが、原告から被害者に謝罪金を交付して和解が成立し被害者から告訴の取下があつたため、福岡地方検察庁飯塚支部において昭和三十三年一月三十日、強姦未遂罪は親告罪の告訴欠如として不起訴、不法監禁及び暴行罪については起訴猶予処分となつたものである。

三、そうだとすると、原告は自動車運転による旅客運送の業務に従事中自己の運転技能を利用して前記角田富士子に対し不法監禁及び強姦未遂の所為に及んだものというべく、これは総理府令第四条第九号の「自動車等の運転技能を用いて、著しく交通の安全に害があると認められる犯罪を犯したとき」に該当すること明白である。

しかして、原告はその性格並びに平素の行状、悔悛、和解、家庭の事情等を挙げて、本件行政処分がその処分方法の選択を誤つているかのごとく主張するが、過失による交通事故や軽微な交通法規違反の場合と異り、自動車による旅客運送の業務に従事する運転手が、その安全性に信頼して乗込んだ乗客を裏切り、これに対して故意にその生命、身体、自由、貞操或は財産権等を脅かす犯罪行為に及ぶがごときは、最も悪質で著しき交通安全の妨害行為であつて、この種行為につき免許取消の行政処分を以つて臨んでいる被告の態度は、むして当然のことであり、総理府令第四条第九号に該当するものとしてなされた本件行政処分が、法令上許された裁量の限界を超ゆるものでないことは免許の取消処分をなすべき場合に関する総理府令第三条第一項第七号、取消処分をなし得る場合に関する同令第四条第一号、第二号、第八号の場合と比較考量するも自ら明らかである。

四、ところで、被告が刑事裁判継続中においても有罪判決の確定を待たずして免許の取消または停止等の行政処分をなした事実はあるが、道路交通取締法第九条第五項に「公安委員会は運転免許を受けた者が不具廃疾者となり、又は故意過失により交通事故を起したときその他特別の事由の生じたときは、運転免許を取り消し若しくは停止し、又は必要な処分をすることができる」と規定したのは、刑罰権の作用とは別個に、行政機関に行政上の処分権を認めることによつて交通の安全を保持しようとする法意に基くものであつて、刑事訴追の有無や裁判の如何にかかわらず、行政庁において処分の前提となるべき行為を認定し、これに相応する処分行為をなす権能を附与したものであるから、違憲でないのは勿論、いやしくも被処分者の行為が前記総理府令第四条第九号所定の事由に該当する以上、右行政上の処分を違法としてその効力を否定することはできない。

以上の次第で被告の本件行政処分には何等違法の点はない。従つて原告の本訴請求は失当である。

と述べて。(立証省略)

理由

一、原告がその主張のごとき年令であり、また主張の頃主張どおりの自動車運転免許を受け、その主張のごとき運転免許証を所持していたこと、被告が昭和三十三年八月二十五日原告の運転免許を取消す旨の行政処分をなし、同年九月七日これを原告に通告したこと、被告の右行政処分の理由は原告が総理府令第四条第九号に該当する行為をなしたとするものであることは当事者間に争がない。

二、ところで被告が行政処分の対象となした原告の行為関係につき争があるので、先ずこの点を判断することとする。

成立に争のない乙第一号証、同第二、三号証の各二、同第四、五号証に、証人角田富士子、同原田悦司、同松本忠彦の各証言並びに原告本人尋問の結果の一部を綜合するとき、原告は昭和三十二年九月頃から飯塚市内の飯塚タクシー株式会社に自動車運転手として雇され、同会社の新飯塚駅構内営業所に勤務していたところ、昭和三十二年十二月二十二日午前零時頃右営業所内において受持の中型乗用自動車プリンス一九五七年型、福あ三―一七〇五号を洗車中、以前から懇意であつた飯塚市鯰田一坑の吉田加代子(当時十八才)が、その友人でありまた原告とは小、中学校の当時同級生であつた同市鯰田一坑の角田富士子(当時二十二才)を同伴して右自動車に近寄り、鯰田の自宅に帰るため送つてくれと依頼したこと、そこで原告は右営業所で当日の売上清算を済ませた後、両名を自動車に乗せて運転し、先ず同市鯰田一坑の吉田加代子方附近まで赴き同所で右加代子を降ろし、その際乗車料金二百四十円を同女から受取つたこと次いで自動車を反転して二百米位引返し、鯰田新町の十字路から東方約五十米小路に入つた箇所(角田富士子の自宅より五〇米の地点)で右富士子を降ろしたが、同女が後方座席に置き忘れた手提を取るため再び後部座席に乗つたところ、原告はやにはに右座席の扉を閉めて運転台から後部座席に身体を乗入れ、右富士子に接吻しようとしたこと、これに対し冨士子が原告を押し離して抵抗し降ろしてくれと頼んでいるのに、原告はこれに応ぜず直ちに発車して時速三十粁ないし四十粁で飯塚市方面に引返し、その運転中富士子に旅館に泊ろうと誘つたところ拒否されたので、そのまま前記営業所前に行き、更にお茶を飲もうと誘つたが富士子に断わられ、また喫茶店も営業を終つていたので、車を運転して再び鯰田に向つたこと、その途中飯塚市立岩の市営グラウンドの方に進行し、方向が違うと不審に尋ねる富士子の質問に答えず、深夜人影もない右市営グラウンド内に自動車を乗入れて停車し、そこで原告は後部座席に乗り移つて富士子の行動の自由を奪い、同女の肩に手をかけて接吻しながら後方に押し倒し、オーバーを脱がせようとしたところ、更に同女が抵抗したのう「俺に恥をかかせるな、乗りかかつた舟だ、やめられるか」などと言いながら、無理に富士子のズロースを引下げて陰部に手を当てるに至つたこと、そのため富士子がこの危機を逃れようとして旅館に行く旨申出たところ、原告はこれを再三確めた後右の行為を中止して発車し、再び同市新飯塚駅前の日の出旅館に至り、部屋の申込をしたが空部屋がないと断わられたので、富士子に別の旅館に行こうと乗車を促したところ、同女が拒絶したのでこれに立腹して同女の左頬を一回殴打したこと、そして原告は、単独で車を運転して構内営業所に立ち戻つたが、時刻は午前一時過ぎであつたことが認められる。しかして原告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分はたやすく信用することはできない。

そうして前掲各証拠に成立に争のない乙第二、三号証の各一、同第六号証を併せ考えると、右事実につき検察当局は前記角田富士子の告訴により、原告を不法監禁、強姦未遂、暴行被疑事件として逮捕、勾留の上取調べたが、原告側から慰藉料を交付して和解が成立し右富士子から告訴の取下げがあつたので福岡地方検察庁飯塚支部においても昭和三十三年一月三十日、強姦未遂罪は親告罪の告訴欠如を理由に不起訴、その他の罪については起訴猶予処分としたものであることが認められる。他に以上の認定を覆えすに足りる証拠はない。

三、果してしからば、自動車運転者たる原告は乗客者たる一婦女に対し淫念を起して情交を迫るべく、同女の意思に反して深夜約一時間に亘り相当の距離を運転疾走し、婦女の車外脱出を著しく困難にしたものというべきである。そして運転手がかかる情念の虜となつて、しかも婦女の脱出を警戒防止しつつ運転をなし婦女に対し不法監禁罪を犯すことは深夜の道路を通行するであろう歩行者、車馬若しくは自己の同乗者の交通の安全に害があることは、容易に理解しうるところであろう。

そうだとすると、原告の前記所為は道路交通取締法施行令第五十九条第一項第三号の「公安委員会が免許を受けた者が自動車を運転することが著しく道路における危険防止その他交通の安全に害があると認めること」の条項を承け、同条第二項により免許の取消、停止又は必要な処分を行う場合における具体的基準を定めた総理府令第四条第九号の「自動車等の運転技能を用いて、著しく交通の安全に害があると認められる犯罪を犯したとき」に該当することは明白であるから、被告が原告に対し本件処分をなしたとしてもその点からは違法ということはできない。また当時原告が自動車運転者として運転の業務に従事していた以上、それが飯塚タクシーの営業としてなされていたか否かは本件処分の当否につき何等影響を及ぼさないのである。

四、次に原告はこれまでに刑事上の処分をうけたことがない事実、その性格、平素の行状、前記所為の情状、その後和解が成立している事実及び家庭の事情等を考量するとき被告の本件行政処分は重きに失すると主張する。しかしながら本件にあらわれた全資料を斟酌しても未だ右処分が甚しく被告の裁量権の範囲を逸脱して原告に対し苛酷なものであるとは解し難いので、この点の主張も採用できない。

五、最後に原告が本件処分を受けるに先立ち右事実につき有罪の確定判決を経ていないことはその主張どおりであるが、道路交通取締法が公安委員会に対し運転免許の取消、停止又はその他必要な処分をなし得る権限を与えた法意は、結局国家刑罰権の行使とは別個に、公安委員会に交通の安全を保持するに必要な処置を迅速且つ適正に行わしめようとするにあるのであるから行政庁が刑事訴追の有無、裁判の結果如何にかかわらず、独自の立場で処分の前提となるべき原告の行為を認定しそれ相応の処分をしたとしても、これは何等違憲でないこと勿論である。

しかしてもし被処分者において右公安委員会の認定に不服であれば行政訴訟を提起して窮極的には裁判所の判断を受け得るのであるから、原告のその点の非難は当らない。

してみると、被告のなした本件運転免許取消処分には原告の主張するような違法な点はないから、これが無効確認もしくは取消を求める原告の請求は、失当としてこれを棄却することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤野英一 倉増三雄 権藤義臣)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例